サイドカー

30年前のサイドカーツーリングを再現する旅をした。今回はBMW製のオートバイにバイクハウス阿部のカーを付けたもので行った。ドライバーは30年前と同じK君。今や希少な存在になったブルートレインで上京した私はそのまま中央線に乗り換え吉祥寺へ。K君のサイドカーに乗りこんだ。目的地は国産ワインの最高峰と衆目の一致するルバイヤートワイン丸藤葡萄酒工業所である。
井の頭公園駅前から住宅街の中を抜けて甲州街道へ向かうが、周囲の景色のあまりの変貌ぶりに、今いったいどこを走っているのやら皆目見当がつかないありさまだ。k君が走りながら解説してくれるのだが、それでも追いつかない。国立府中インターから中央高速に入り、C君のキャンピングカーとの待ち合わせ場所の石川PAへと向かう。
PAは既に満パイ状態だが、なんとか空きスペースを見つけて駐車する。二人とも朝食がまだなので、ドトールコーヒーでコーヒーとパンを注文する。C君のT-4はすぐに姿を現した。T-4はトヨタのハイエースをもう少し背を高くし、全長を伸ばしたような姿をしている車である。その巨大な図体に2500ccのガソリンエンジンを搭載しているだけなので、俊敏な動きは望めない。ここから先はサイドカーが先行し、T-4がそれを追いかける形で行くことにした。T-4を従えているのでサイドカーはおとなしめの運転だが、BMWの水平.並列4気筒1000ccのエンジンはトルク感たっぷりの回り方をしている。ABEZのサイドカーは剛性感に溢れ、ほとんど体重移動もなしで方向を変えることが出来ているようだ。フロントのアールズフォーク化も効いているのだろうが。霧雨程度の雨は降っているのだが、カーに乗り込んだ私に雨はかからない。フロントスクリーンに雨滴が付くだけだ。
およそ一時間で勝沼ICに着いた。甲州街道に降り、甲府方向へ5分ほど走ったところにある藤井の交差点を左折するともうそこが丸藤葡萄酒工業所、ルバイヤートワインである。1890年創業の国内最古参のワイナリーで、昔から押しも押されもしない地位を保っているルバイヤートだが、このところ評価がまた鰻登りにあがっている。'04年の雑誌DANCHUでシュールリーが人気投票第一位。日経新聞土曜版でもランキング上位に3本も顔を出すという快挙を成し遂げている。試飲室に通され、3人でしばらくしゃべっていると社長の大村春雄さんが現れた。「11時だって言うから、用事で出かけてたんだよ」と弁解する。どうやら我々の到着が早すぎたようだ。「ちょうどいい。午後にイタリア人の訪問がある予定で、とっておきの奴があるから飲んでみてよ」とおっしゃる。本当にいいタイミングで来たようだ。マイナーな品種の樹から作られたそのワインは独特の香りがした。
私は一部のワイン愛好家のように香りや味をワイン以外のものにたとえるような批評は好まない。「早朝の森林の朝露に濡れたブナの木の香り」といった俄か詩人のようなひともいれば、「セメダインの匂い」と言ったりする即物主義者もいる。都会にはワインの鑑定家をめざすひとのための学校まであるのだそうだ。そいいったところを何箇所か渉り歩いたひとの話によると、その手の学校の実地研修の進めかたというのは以下のようだそうである。講師とともに生徒もワインをグラスに注いでもらい、味見ののちノートに各人の評価や感想を書き付ける。すると講師がやおら立ち上がって「皆さーん。チョコレートの匂いが感じられませんか。かすかに黒胡椒の香りもしますね」と叫ぶのだそうである。そうやって次第に講師の批評の枠に嵌めていく。これはファッショ以外の何ものでもないではないか。そのひとはどこの学校へ行ってもそのやりかたなのに辟易して、もうワイン学校とやらの門をくぐるのはやめにしたのだという。
お昼の時間も迫ってきているので、そうゆっくりもしていられない。ワインを購入して辞すことにした。3人それぞれが気に入ったものを買ってサイドカーとT-4に積み込む。私の分だけは宅急便で送ってもらうことにした。「ランチはあそこがいいんじゃないの」と大村さんもおすすめの一軒屋のレストランを目指したが、定休日で閉まっている。急遽行き先を丘の上の展望レストランに変更。ここは近郊で生産されるワインの品揃えが多い。1階がその売り場になっており、2階がレストランだ。甲府盆地が見渡せる素晴らしいロケーションだ。昔のツーリングの思い出話などをしながら食事した。
帰りはT-4に乗せてもらう。鈍重そうに見えるT-4が高速道路の中では意外にキビキビ走るのに驚く。さすがドイツ生まれだ。遅い車を追い越し車線で軽々と抜いてゆく。T-4の高い視点から見るとK君のサイドカーの運転の様子がよく判る。まだ小雨の降り続いている石川PAに一旦入り、私は再びサイドカーへ乗り換えた。T-4のC君はそのまま都心方面へ。我々のサイドカーは国立府中ICで降り、昔のバイク仲間のキムコこと木村君の経営するジムカーナ専門店へ向かった。
「味覚はその人の歴史、あるいは記憶そのものである」と言ったのが包丁人味平だったかブリヤ=サヴァランだったかもう忘れてしまった。続く


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