カブでお遍路16

ハッ!と気が付くと旧中村市まで来てしまっていた。地図を出して確認してみたら岩本寺のある窪川町は既に通り越して30kmは走っている。もうどうすることも出来ないではないか。須崎を過ぎたあたりからはホンダ.インスパイアと激闘をくりひろげていた。峠の登りでパワーの落ちたところをインスパイアに抜かれた。下りで懸命に追い上げてみると、その車は先行する車3台を強引に抜こうと試みている最中だった。気持ちは分かる。四国の道は軽四天国、そして老人大国なのだ。一台の軽自動車のために後続の車が数珠繋ぎになる様子はたびたび見かける。しかし、そのインスパイアの走りはあまりにも品がないのでカブの名誉にかけて成敗してやる気になったのだ。完勝、しかしその余波で大事な岩本寺を見逃してしまっては元も子も無い。
お寺の見落としには、いくつかの原因が考えられる。地図を頻繁に確認できない状況だったことも挙げられるが、一番大きなものは市町村合併だろう。そんなことが関係あるのかという向きもあるだろうが、私に言わせればそうなる。中村市という地名は消え、道路の案内板には四万十市という地名しか登場してこないのだ。窪川町は紛らわしい四万十町に変わっている。。いきおい、案内板だけを頼りに走っていると窪川町を通り過ぎてしまうことになる。
ナビゲーションを持っていないドライバーもいるのだということを考えた道路行政をやってもらいたいものだ。技術の進歩は良いことだが、そういった新技術を導入できていない弱者のことも考えてもらいたい。話が飛躍するようで恐縮だが、食器洗い器が普及してくると、それで洗うことが前提になった食器や調理器具が販売される。こんな窪みをどうやって洗うのかといった具合だ。地上デジタル放送の普及に伴いアナログ放送が停止されるのも、その例だ。こういう弱者切り捨ての論理がまかり通る社会はまちがっている。交通の分野でもナビやETCを所有しない人にも配慮した行政の運営を進めるべきである。
だがそんなことを言っていてもはじまらない。暗くならないうちに足摺岬に到達しなければいけないのだ。四国の最南端部に入ると景色がだんだんとさみしくなってくる。川沿いの道を走っていたら、漁網の浮きに使う俵型の巨大な発泡スチロールが転がっていて、あやうく乗り上げそうになった。土佐清水市に着いた時には、あたりはもう暗くなりかけていた。地元のコンビニチェーンのスリーエフで焼酎の小瓶とつまみを買う。宿の部屋で地図でも見ながらチビチビやるつもりだ。こんな地の果てのような場所にも人々の暮らしがあって、愛やら憎しみやらが渦巻いているのだろう。ここまで来ればもう着いたようなものだが、足摺岬まではまだ30分半島を南下しないといけない。 続く。


コメント